功名が辻 4
「(わしは古くから戦場を往来してきた。経験ではひとに譲らぬつもりだが、
経験から知恵が出てくるというものではないらしい。もともと知恵とは、
うまれつきのようだな)」
「『静まっておれ。この分ではやがて銃声もやむ。わしはお前たちよりも、
数多くの戦場を知っている』」
「『塀を動かす者は兵をもって鎮圧する。刃をあやつる者は
刃をもって誅す。それ以外に武権を樹てる法がない』」
「『まだ山坂がある、ということほど、人の世に
めでたきことはございませぬ。気根を揮いたたせねばならぬ
相手があってはじめて、人はいきいきと生きられるのですから』」
「『元親ならできまい。利口者はえてして気がはやいものだ。
おれは英雄ではないから、この工事はできる』」
「『どうせ、政治など、人の善い者のできることではありますまい』」
「『そう、人だ。鹿か猪であればどれだけおれはたすかるだろう。
人だから始末がわるい。人はけものよりも兇暴で悪がしこいものだ。
千代にはそれがまだわかっていない。人の世はきれいな絵空事の
ように思っている』」
「自分の家来に対してさえ、伊右衛門は律儀だった。それだけが
取り柄といっていい殿様なのである。」