功名が辻 3

「昔ばなしの楽しさを、そのように卑下なさることはございませぬ。自分の過ぎてきた
道を、ふりかえってさまざまに楽しむということほど、味わい深いことはありませぬ。
二度一生を経験してるようなものではありませぬか」


「『笑右衛門は、なにが不安か』
 と、伊右衛門はやさしくきいてやった。
 伊右衛門という男は、自分に才智がとぼしいことを知っている。それだけに他人の意
見をきくことには名人芸にちかい能力をもっていた。
 部下にはできるだけの意見をいわせ、くだらぬ意見でもいちいちうなずいてやり、意
見をいうことに怖れをいだかしめないようにしていた。」


「(敵の長所を考えすぎぬことだ)
 と伊右衛門はおもっている。この教訓は、伊右衛門織田家の一下級将校であったこ
ろから数えきれぬほどの場数をふんでやっとたどりついた自分への教訓である。」


「合戦というものは、やってみねばわからぬものだ。最後には賭博である」


「おれは運がいいのだ」


「『徳川殿が勝つかどうか、そういうことはわからん。わかっておればもともと合戦など
する必要のないことだ』」


「『わしは、この座にいるたれよりも合戦の場数を踏んでおる』
 と、微笑した。事実そうであった。この時代のたいていの大名は創業の雄で、経験と
いい、指揮能力といい、情勢の判断力といい、当然のことだが家臣よりもすぐれている。
『踏んできて得たことが一つある。それはどのように見方が苦境に立っていても、味方
の最後の勝利を信じきって働くことだ。わしはこの一戦で山内家の家運をひらく。その
ほうどもも、この戦さで家運をひらけ。わしがもし討死すれば、弟の子忠義(国松)を
立てよ。そのほうどもが討死すればかならず子を立ててやる』
 伊右衛門は自分の言葉に昂奮してきた。
『子がなければ兄弟をたててつかわす。兄弟を立て、兄弟がなければ縁族をたずねさが
してでもその功にむくいよう。わしも死力をつくす。そのほうどもも、死を決せよ』」


「この名将のためには死をもいとわぬ」


「たかだか六万石の身上にすぎぬとはいえ、ぼつぼつおれも天下を動かす
テコのはしくれをにぎってもよい頃だと思うようになっていた。
 事実、山内対馬守一豊といえば、大物でないにしてもすでに小物ではない。」

新装版 功名が辻 (3) (文春文庫)

新装版 功名が辻 (3) (文春文庫)


一豊カコイイ!カッコいいです、ホントに。
男の円熟味が増してるというか。
やっぱり人間、謙虚さが大事ですよね。無能ゆえに生まれた天性の律儀さ、謙虚さ。
彼の最強の武器ですが、現代でも応用できそうですね。
いや、無能にも無能なりの生き方がありますって。